私が、日頃気にかけているのは、勝負の結果を次の日に引きずらないことだ。
将棋は負けると辛いゲームだ。(中略)しかし、敗戦のなかになにか報われるものがあると救われる。(第三章より)
このエントリーは連載「玲瓏」の第3回です。
初めての方は玲瓏からお読みください。
長く競馬をやっている以上、馬券で負ける日があることは避けられない。
その時に何をするか。
私のアイディアを述べてみる。
1 レース回顧を書く
あなたがブログを持っているなら、負けたレースの反省記事こそ、さっさと書いてしまうべきだ。
私もブログを書いているので、負けたレースの回顧記事は筆がなかなか進まない気分はよくわかる。
勝ったレースについてはいくらでも書けるが、負けたレースの記事が書けないのは人情だ。
しかし、考え方次第でブログは気分をリセットする手助けになる。
自分の予想のどこが間違っていたのかさっさと書いてしまう。
あるいは、予想は間違っていなかったが、運が悪かっただけだと思っているならそれでもいい。
書くことで気持ちが晴れることがあるし、反省は先につながる。
「負けじゃない、勝ちへの途中だ」(バガボンド6巻)
「その決意、黒星ひとつふたつ払う価値が十分にあります」(ヒカルの碁10巻)
馬券は外れても、そこから何かヒントを見つけることができれば、次週あるいは翌年の的中へとつながっていくだろう。
その日の負けをきちんと清算し、次に進んでいくことが重要である。
回顧記事を書くのはそのための儀式みたいなものだ。
2 掃除をする
ひどい負けを喫した時は、回顧記事を書いても気が晴れないことがある。
あるいは、むしゃくしゃして回顧記事すら書けないこともある。
そんなときは家の中の掃除をしてみるといいだろう。
体を動かしていると、だんだん気持ちが晴れてくる。
埃を掃除機で吸い取っていると、勝ち馬を買えなかった後悔の念も吸い込まれていく心地がする。
雑巾で汚れを落としていると、さっきまでのひどい気分も一緒に拭き取られていく。
まとめたごみと同時にむしゃくしゃする気分も捨ててくる。
掃除が終わると面白いほど馬券の負けを忘れることができるので、これはぜひ一度試してみてほしい。
たとえ、それで気が晴れなかったとしても、少なくとも部屋は綺麗になっているので無駄じゃない。
うちの妻は掃除が大の苦手なので、ひょっとしたら馬券が外れたことに感謝しているかもしれない。笑。
「今日は馬券で負けたけど、それで部屋が綺麗になったんだからいいじゃないか」と、そんな心境になれたら、その日の負けはすでにリセットされている。
晴れやかな気分で次の週に向かうことができるだろう。
3 ブログ記事を書く
人間の脳は休むことを知らない。
掃除をしながら体を動かしている間も、頭の中ではいろいろなことを考える。
脳というのは破壊的行為を好むようで、紙くずを破って丸めたり、ごみをポイポイ捨てたりしていると、だんだん脳が活性化してくる。
いろいろなことが頭の中に浮かんでは消える。
その中には、ブログの記事になりそうなアイディアがあるはずだ。
それらをさっと捕まえて、掃除が終わったら記事にまとめてみる。
実際、この記事も掃除をしながら考えたものだ。笑。
こうしてまとめた記事を読み直し、それが満足のいく出来栄えだったりすると、さっぱり心が晴れてくる。
「馬券は負けたけど、面白い記事が書けたからいいか」と、前向きな気持ちになれる。
4 馬券を当てた人にコメントしてみる
あちこちのブログを巡回していると、予想が的中したブログに出会うことがある。
そんな時、「予想的中おめでとう」とコメントしてみる。
褒められて嬉しくない人はいないので、多くの場合は交流につながっていく。
自分が勝った時は、逆に祝福のコメントが来るかもしれない。
あるいは、馬券を当てた人の予想にリンクを貼って、自分の予想と対照しながら、記事としてまとめてもいいかもしれない。
これなら立派な回顧記事にもなる。
馬券で負けても良好なコミュニケーション関係を築くことができれば、それはトータルでプラスになりうる。
5 清算を生産へ
人間は失敗を糧にして成長していく。
失敗は飛躍への鍵である。
だから、馬券で負けても、「馬券では負けたけど○○ができたからいいか」と、代わりに何か得るものがあれば、馬券で勝った以上のプラスになるかもしれない。
私はたまに競馬場まで遠征旅行に出かけるが、そこで馬券が外れてもほとんど落ち込むことがないのは、ちゃんと代替物を得ているからなのだろう(旅の思い出とか)。
馬券で負けたことをプラスに変えていく。
それが知的清算術、もとい知的生産術というものだろう。
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